草野心平 |
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長福寺
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聞き書き−草野心平と河原章二さん元川内村公民館長、河原章二さんは、草野心平についてとても詳しい。川内村で発行している草野心平についての本の編集に携わり、その中心にいたからである。 草野心平の文学的・個人的事情に詳しく、心平に関するあらゆるものを個人的に収集している。心平が有名になる前の話もよくご存知で、心平の意外な素顔を語ってくれた。 草野心平は若いころから非常に貧乏で、借金をして夜逃げをしながら生活していたこともあったそうだ。妻の衣類などをお金に換えて家賃を払っていた。子供が生まれても産婆代も払えず、凄絶な貧乏生活が続いたそうだ。 故郷である小川町の住人にも相当の借金をしていたそうで、返済をしないのにまた借金を頼んでくるため、住民が心平に一切お金を貸さなくなったというエピソードもあるのだという。 心平が川内村に来村したときに、長福寺にしばらく寝泊りをしていたときがあった。長福寺の中二階(屋根裏部屋)に寝ていたそうだ。部屋の壁や柱には、心平が書いたと思われる落書きがたくさんあり、面白いのだという。 今となれば、大変貴重なものである。秘蔵の落書きだ、と河原さんは話してくれた。 (注意:この落書きは公開していません。) 河原さんは、もともと文学が好きな方である。心平の詩の評論もわかりやすく、大変貴重な直筆の手紙や初版本など、全国津々浦々を歩き回り収集している。草野心平の個人研究家と言えるだろう。 河原さんは、川内村に、草野心平と川内村のかかわり合いや心平の文学を多くの人に知ってもらうために、記念館または、資料館のようなものを作りたいと昔から考えていた。 村には、心平が書いた直筆の書や絵が、百数十点も村民個人で所有している。村の人たちにお世話になった時、お礼に書いた色紙など、心がこもったものがたくさん残っている。 川内村には、現在、天山文庫と阿武隈民藝館があるが、それだけでは、草野心平と川内村を十分知ってもらうには足りない。
今まで再三にわたり、村に資料館の建設を要請していたのだが、いわき市小川町に先を越されてしまった・・と残念そうだ。
取材日 平成16年1月(川内村商工会N)
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